
千代田区にある日本橋川に架かり、神田地区と大手町地区の境界となる鎌倉橋。欄干には、1944年11月の米軍による爆撃にともなう機銃掃射のさいの弾痕が、大小30個ほど残されている。 pic.twitter.com/IoubeUFqOv
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「鎌倉橋」は、「鎌倉橋交差点」近くの「日本橋川」に架かる橋です。
「特例都道 402 錦町有楽町線」が、通っています。
またこの橋の上を、高架の「首都高 高速都心環状線」が横切っています。
行政区画としては、「大手町一丁目」と「大手町二丁目」と「内神田一丁目」と「内神田二丁目」の境界にあります。
2007 年(平成 19 年) 3 月 28 日に、「千代田区景観まちづくり重要物件」に指定されました。
日本橋川に架かり、大手町一・二丁目から内神田一・二丁目に通じる橋で、外堀通りにあります。関東大震災の復興橋の一つで、昭和4年(1929)4月25日の架橋で、長さ30.1m、幅22.0mのコンクリ-ト橋です。名前の由来は、江戸城を築くときに鎌倉から石材をここの河岸(内神田寄り)に陸揚げしたので、この河岸を鎌倉河岸と呼んだことによります。
また、この鎌倉橋には、日本本土土市街地への空襲が始まった痕跡が残っています。欄干には、昭和19年(1944)年11月の米軍による爆撃と機銃掃射の際に受けた銃弾の跡が大小30個ほどあり、戦争の恐ろしさを今に伝えています。
震災復興橋梁として昭和4年に新たに架けられた。
江戸時代に鎌倉から届いた石材の荷揚げに使われたため鎌倉河岸といわれた一帯の由来を橋名にとどめている。
簡素だが石造風の高欄とアーチをもつ印象的なデザインである。
石造風の袖柱を持ち、橋詰に小さな植栽帯を備えている。
歩道の路面はタイル貼りに改装されている。
橋上からは首都高速道路の高架が圧迫感のある景観を生み出している。
橋梁からは護岸石積が見える。日本橋川が屈曲していて眺望はあまり開けない。
周辺道路からは橋梁を見ることができるが、圧迫感のある景観になっている。
水面からは橋梁の印象的なアーチや橋台をきれいに見ることができる。
ただし上流側に NTT 専用橋が併設されていて、水面からも橋の側面がよく見えない。
1929 年(昭和 4 年)
千代田区にある日本橋川に架かり、神田地区と大手町地区の境界となる鎌倉橋。欄干には、1944年11月の米軍による爆撃にともなう機銃掃射のさいの弾痕が、大小30個ほど残されている。 pic.twitter.com/IoubeUFqOv
鎌倉橋
鎌倉から運んできた石材をこの辺りで陸揚げしたのでこの名があります
昭和19年の米軍機の機銃掃射の跡が残ります‼
#東京都 #大手町 pic.twitter.com/by0Qwl5Wgg
2017-06-27 20:43:00
「鎌倉橋」は大手町と内神田を繋ぐ橋で、江戸城築城のために必要となる石材が鎌倉から取り寄せられ、この付近で荷揚げしたことから名がついたと伝えられています。橋の欄干には大戦中の爆撃と機銃掃射の跡が今も残っています。詳しくはコチラで→ chiyoda-tokyo.sakura.ne.jp/seisiga/kobets… pic.twitter.com/MeBLNSHFHh 2017-07-27 07:11:00
千代田区にある鎌倉橋。
大手町や神田のサラリーマンらが何気なく通る橋だけど、太平洋戦争中の1944年11月に米軍の爆撃と機銃掃射による弾の跡が生々しく残っている。 pic.twitter.com/1TZlimQbUV
2018-04-27 11:17:00
神田川クルーズ,鎌倉橋から一ツ橋付近の右岸側は江戸期の石垣が比較的良く残っている.加賀藩の刻印が見えた,左岸側は商業地町人地中心で荷揚場などの河岸が連続していたため,構築されなかったと言われている. pic.twitter.com/t7bu3s80gM 2018-07-31 22:21:00
神田と大手町を結ぶ鎌倉橋
欄干に米軍機の機銃掃射の跡が残る
都内では数少ない戦災遺構 pic.twitter.com/jEbIOXQkWH
2019-08-15 12:30:00
機銃掃射跡はほとんど同じ口径(12.7mm)なので他の物件との比較がしやすい pic.twitter.com/A4MZvUyAHC 2020-01-31 19:57:00
日本橋川に架かる橋。
神田川の分岐点から数えて13個目の鎌倉橋は、神田側から大手町見て左側橋の欄干に1944年米軍による爆撃と機銃掃射を受けた銃弾の跡が残っています。
大都会の中心地にひっそり残っている戦争の爪痕。
たまに実際に見て、平和について考えるのも良いかも。
(7枚画像有り) pic.twitter.com/5Hb9QdVvNd
2020-10-20 12:17:00
東京新聞12/8付。「橋に刻まれた傷跡」 隅田川にかかる永代橋の真ん中辺りのアーチを結ぶ梁のような上横構に凹んだ部分。また高層ビルが並ぶ大手町の北端、日本橋川の鎌倉橋。橋のたもとに「日本全土市街地への空襲が始まる」とのプレートがあります。平和の尊さを改めて感じられる事と思います。 pic.twitter.com/khHQlSK5aQ 2021-12-17 13:10:00
千代田区にある日本橋川に架かり、神田地区と大手町地区の境界となる鎌倉橋。欄干には、1944年11月の米軍による爆撃にともなう機銃掃射のさいの弾痕が、大小30個ほど残されている。 pic.twitter.com/IoubeUFqOv 2022-05-30 07:59:00
日本橋川の鎌倉橋より。江戸期には鎌倉河岸が設けられて殷賑を極めた。 pic.twitter.com/JNRFsYxWcA 2022-05-30 08:04:00
鎌倉橋の弾痕
千代田区の案内によれば米軍の機銃掃射によるものとされます。こういった弾痕は都心にいくつかあります。
鎌倉橋の弾痕ができたのは1944年11月24日のこと。一方で、これらの傷は日本側の高射砲の不発弾が落下してできたとも。
いずれにしても戦争の爪痕ですね。 pic.twitter.com/QR8AjO3TYT
2022-06-28 20:12:00